全国の田舎大好き女子です。 普段は、田舎暮らしアドバイザーとかしていたりしていなかったり。
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Posted by ほしくみこ
 
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被災地に本当に必要な支援をするには
今日は福島県南地域の特産品のPRのお手伝いで日本橋に出現してました。
白河、塙町の皆さんがきて、特産品のPR。
カメラはもっていかなかったので、写真は知り合いからもらってちょっと後ほどアップしますが、ご当地ヒーロー白河だるまをモチーフにした「ダルライダー」も登場しました。

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震災以降、なかなか本業の田舎暮らし関係の更新ができていなくてすみません。
地域に足を運ぶのは、6月から緩やかに再開したいと思います。まずは千葉県いすみ市に6月中旬くらいに行けたらなと予定中。


そんな感じで、自分の中で、実はこのままでいいのかと言う焦りがありました。
何故かというと、もちろん仕事もあるし、今こんな状況の中、何に主軸を置けばいいのか、たくさんの人から手を差し延ばしていただく中、自分の企画やそれこそみんなを巻き込んでいくだけのパワーが足りてないんじゃないかと。その間に、いろんな闇が広がっているんじゃないかって。

まあ、全部自分で背負える訳じゃないんで、落ち込む必要もないのかと言われもするのですが、なっかなか思考というものは切り変わらない。不安だった訳です。自分のしていることがちゃんと支援に繋がっているのか。


そして、週末新卒の時の同期から連絡があって、ボランティアに行きたいという相談でした。
それがものすごく嬉しかった。
そして、ちょっとでも自分のブログや言葉が、誰かの意識にちょっとでも引っかかってくれていたことに勇気を貰った。

そんでもって、やっぱり何だかんだみんな一緒の想いの人はいないけど、大きな枠の中で、どこか誰かを想える気持ちがある人と繋がって居続けられたあの時に、それからに、今に感謝したい。


IT関連の仕事をしている子なので、こちらでできる支援にも声を今後かけさせてもらおうと思っているところだけど、現実の被災地のイマ、そして、彼らの思い・現実に触れなければ、何をすべきかは決して見えてこない。ちょっとの前につぶやきましたが、先週の木曜日に、笑顔311プロジェクトなどでお世話になっている大矢さんからご紹介いただいて、デジコンサロンに参加した中でも、その話がでた。

まずは現実を知らなくちゃいけない。
いま、知り合いのボラセンの人に調整をとってもらっている最中なんだけど、彼にも被災地にもつながりができるように、うまく調整して現地に入れるようにしたいです。


ほんっとにありがとう。
同期にも、高校の友達も、田舎暮らしやグリーンツーリズムとかを通じて知り合ったみなさんにも、ありがとう。
誰かに何らかのカケラが残るのなら、伝え続けようと思います。



そんなわけで、デジコンサロンの話です。
ちょっとICレコーダーとか持ってったわけじゃないし、ちょっと2時間強の話をまとめたので、若干変だと思うけど、被災地の今を知るいいきっかけなので、お恥ずかしいですがある程度ざっくり載せちゃいます。乱文すみません、ご了承お願いします!!


デジコンサロンとは
http://beingdigital.com/digiconsalon/

まず、デジタルハリウッド大学の赤城先生が本日のコーディネーターのようです。


◆赤城先生について
http://www.dhw.ac.jp/faculty/teacher/

同郷の方でした。

デジハリでは、東日本大震災復興支援委員会(仮称)を立ち上げて、デジハリの強みでもあるエンターテイメントなどを通じて、デジハリにしかできない、デジハリだからこそできる形の復興支援を行っていくとのこと。

私もアイディアはふつふつあるのだけれど、それをどう魅せるか、の意識が足りていないように感じます(自分自身がね)

なので、今日の日を通じていろいろともっと相談させていただこうかなあと思います。



本日のパネリストは二人。

◆楜澤 美和ん
彼女は、これから新しい人材が社会を変えて行くのではないかと考え、4年前に1人で会社を立ち上げたそうです。今はデジハリ大学の講義で社会人基礎力や、他の大学でも学生を対象に、キャリアデザインなどの仕事をしているとのこと。

株式会社ハッピーシード
http://happyseed.co.jp/


素晴らしいものを持っている、キラキラした目をした若者たちが就職できないのが問題と考えて、震災直前まで、「じゃあ新たな産業をつくってそこから仕事をつくればいいんじゃないか、産業をつくろう」と、就職で困っている学生のために、まずインドで就職先をつくって、そこで英語・技術を学んで、帰ってくれば技術だけじゃなくて、語学力・国際競争力を身に付けられ、新たな産業の担い手になるんじゃないのか、ということでプロジェクトを進めていたそうです。

実はそのインドの方と打ち合わせをして、帰ってきたのが3月11日。着陸5分後に地震が起こり、入国審査がクローズ、8時間も成田空港で待機。タクシーで家についたのは明け方だったとのこと。

初めはボランティアに行こうとは思わなかった。
けれど、それから、自宅で仕事をする中で、子供たちがストレスで熱や嘔吐する映像(NHK)などを見ショックを受けた。
けれど、ボランティアはツテがないと入れない。

どうしたらいいのか分からない、と思っていたところに、ちょうど友人から「人が足りてない、教育関係の人材が居なくて困っている」、との話があった。
大学でキャリアデザインなどの仕事をしていることもあって、それで教育関連ってだけで、楜澤さんがヒットしたようです。

しかし、内容はチャイルドケア。もちろん、チャイルドケアの経験はなかったそうです。
東京で映像を見ていても、何も変わらない。
こちらで何もできないなら、行ける機会があるなら行くしかないと決断した。

その時、インドでの仕事をするはずだった、学生の中島くんも一緒にボランティアに入る決断をする。

でも、行くすべもなかった。
飛行機もダメか満席、新幹線も動いていない、高速も緊急車両しか入ることができない。

運良く仙台の会社さんから緊急車両を借りて、日本ユニセフのボランティアとして現地入り。3月24日に現地(宮城県)に入った。そして、すでに満室に近かったものの、何とか名取市のホテルを抑えた。

地域の人から、「名取市の有料道路まで行ったら驚くよ」と言われていた。



そして、最初の衝撃。

いきなり景色が変わる。

何もない。
そして、一面に広がる水。

有料道路が堤防になったようで、有料道路の向こう側はほとんど何も問題ないように見えた。



3月24日の段階で、日本ユニセフの現地スタッフは1人だけだった。
少なくとも数人、それも1人くらいはチャイルドケアの専門家がるのかと思っていたけれど、誰も居なかった。

居たのは医療スタッフが1人、事務が1人。
現地には自分たちで入るしかなく、楜澤さんは中島君を連れてタクシーで現地入り。
一日目は、石巻市、多賀城市、仙台市をみて回った。そして、どこのエリアを中心にやるかについて検討する。
しかし、ボランティアにも悪く言えば縄張り争いみたいなものがあるようで、なかなか難航したとのこと。

楜澤さんは「避難所におもちゃを持って行って遊ぶことが使命」と、無計画ではあったが、石巻市の7か所の避難所を回った。

どのようにするかといえば、子供たちが遊ぶことができるスペースを作ってくださいと避難所に交渉し、そこにおもちゃを持っていって子供たちと遊ぶこと。避難所の中には、はちきれんばかりの被災者が居て、そんなスペースは取れないと言われたところもあったそうだ。
何とか場所を見つけるなどして、次の日からは館内放送などで**時から遊ぶよ、と伝えて、子供たちと遊び、子供たちのストレス解消に努めた。



◆大矢さん

『被災地をメディアでつなぐプロジェクト:笑顔311』
http://blog.livedoor.jp/egao311/

大矢さんはこれまでもライブストリーミングを使った番組の制作などを行ってきた。
そして、被災者の「今」、「何を求めているのか」を知りたいと思ったことが契機となって、それをユーストリームを使って被災地以外に伝えていきたいと、デジハリや仙台の学生、インターネットカフェなどの協力を得て、プロジェクトを実行している。

そして、それを実行するのであれば、実際に行って自分が知らなければならないと思って、3月27日に石巻に入った。
石巻市は、仙台市から1時間。宮城県内でも大きな町で、被害も広域かつ甚大だった。
テレビなどでも放映されているように、石巻にボランティアが集中したこともある。


今回の東日本大震災は、広範囲かつ多様な被害が出ている。
相当長い時間掛かる復興に、リアルを伝えられるように、二つのことに主眼が置かれている。

・被災地の今を伝える
・継続的・長期的に発信し続けること

今配信されている番組は2つ。

+Starters
・・・毎週木曜日:東京からの配信、支援者を増やすためのコンテンツ
If I am
・・・毎週月曜日:仙台からの配信、ボランティアに来て貰ったり、実際に配信や復興に携わる学生がどう感じているのか、彼ら自身の声を彼ら自身の手で配信している。


そして、行動指針としては、「現場主義」「大学生メンバーの育成」「他団体との連携」

現在、東京の配信には学生メンバーはいないが、仙台からの配信には東北大学、東北福祉学院大学の学生がほとんどやってくれているそうだ。また、支援者を集めるために、他団体と連携にも力を入れる。

場所は、いずれもインターネットカフェ「アイカフェ」さんからスペースをお借りして配信を行っている。

今後の展開スケジュールとしては、仙台市以外の被災地のインターネットの回線状況が良くないので、他の地域に展開できていないといいう。こうした環境が整い次第、ユースト配信の環境を作っていきたいと話された。



◆心のケアについて

楜澤さん・・・
心のケアは簡単なものじゃなく、子供たちが本当に傷ついていると実感した。
写真に写った笑顔を浮かべる子でも、ふとした瞬間にぽろっとそれは出てきてしまう。ぬいぐるみ遊びの中で、「昨日は何を食べた?」と聞けば、3歳くらいの子が「映画館を食べました」「全部食べました」などと答える。小学生になると、起きた惨状を理解し始める。一緒に遊んでいると、小学生の子供が「自分たちが子供の時に何でこんなことが起きたんだろう、ねえなんで?なんで?」とか、「ねえねえ、本当に悲惨でしょう」とか話す。高学年の子がおんぶをねだったりもする。遊びは普通だけど、端々に心の闇が現れている。

どういう対処をすればいいのか悪化するのかわからない、という中でのチャイルドケアだったそうだ、その他、専門家の指示のもと、ボランティアたちも動けるようになったそうです。

そして、楜澤さんは、経験もしたことがない津波の夢を見るという。「自分ですらトラウマになっているのに、実際に見た人はもっともっとそういうのを見ているのじゃないのかな」と。



そして、今後の在り方として、宮城県には福祉系の大学もあるので、一緒にフォローしていく方法を考えていくべきとの意見が出た。




◆本当に現地の人は何を望んでいるのか

楜澤さん:
初期の頃は、子供を含めて、日本人はぜいたくに感じた。
つまらないおもちゃはいらない。誰かがきた服ならいらない。

報道に付いても、全地域を見て報道されていないのではないか、都合が悪いことは端折られているのではないか。


大矢さん:
現地で求められていることは千差万別。
それは、地域によっても、個人によっても。

恐らく、今一番求められているのは仕事だと思う。
例えば、沿岸部では、「塩害」が第一次産業だけでなく、二次産業、三次産業に広がっている。地域の産業基盤そのものが失われている。漁業で言うならば、石巻市は、ほたて、牡蠣、ほやの養殖などがさかんだったが壊滅してしまった。復活させたいと願う人もまた多い。工場に勤めていたサラリーマンは、職場が津波でなくなり、解雇せざるえないケースも多い。

現在、人々の支援によって、衣食住は充実してきている。
しかし、その後、じゃあどうするの?という、復旧ではなく復興に向けての支援がまだまだ足りていない。
石巻市では自殺が増えている。


赤城さん:
私も同じ会津出身なのだから分かるけれど、赤城さんは会津地方は被害ではなく「風評被害」に苦しんでいる地域だと話す。
原発から約100KM以上の地域が大半。海岸沿いから大きな山地や山脈を2つ超えないと、海の風は元々会津地方には入らない。それによって、おそらく、100KM圏内の円を描いた時に、茨城県や宮城県などの地域よりも放射能量が低いところも多いのだ。たとえば、南会津町は毎時0.08マイクロミリシーベルト。東京都0.02しか変わらない。
米所で酒所。全く売れません。(それは私の見解と一緒)
そして、今年はこれまで以上に売れないと思う。

そして、会津といえば観光地。
地元に帰ってみたら、いつもは人で溢れている会津が閑散としている。

とりあえず旅行でいいから来てほしい、と本気でツアーを企画しようとしたこともあるそうだ。

しかし、栃木県日光市の学生たちが修学旅行に会津に来てくれた。
もともと、関東の学校の修学旅行は大抵日光。なので、日光の子供たちは会津に修学旅行に来るのだと言う。会津の惨状を知った日光の学校は、修学旅行を取りやめないで、会津に来てくれた。

今、地震も津波も原発の被害も少ししか受けていないのに、見えない被害「風評被害」によって、町にあった産業が失われている。



◆支援を考える私たちがまず知るべきこと
「それは今、被災地で現実に起こっている『リアル』を知ること

大矢さん:
石巻市では4月中は白い温かいご飯を食べていないことを知って、農林水産省がお米を1.8t炊いて、石巻市に運んだ。
名古屋で炊き立てでも、石巻市に届いた時には冷えたご飯。そして、そのご飯は自衛隊の基地に届けられ、結論からいえば、1.8t近くのご飯が捨てられた。何故ならば、自衛隊は配るルートを持っていない。ご飯が届けられてから、ボランティアセンターに声が掛かったが、2日も経過した1.8tものご飯をすべて配り切ることはできず、廃棄となった。それは農林水産省の実績になっているようだ。

また、東北電力の女川原発は、実は避難所になっていたという。
ここは、各地域に電力を送電するだけで、このエリアの電器は発電機を使って発電しているという不思議なところ。

家が全部流されてしまった人、一階だけ浸水してしまったところなど、住宅の被害も様々で、現在こうした家がある人たちの生活も大変な状況になってきているところもあるという。
その理由が、相当数の窃盗が増えていること。火事場泥棒とはよく言ったもので、家財道具などを守るために、家に戻る人たちもいる。家がある分、環境が悪い。食料の配給だって行き届かないこともある。また、家はあっても、電気・ガス・水道の復旧の見込みが長期間立たないところもある。

例えば、最低でも2年はそこの場所に住めないと言われた集落があった。しかし、そうは言っても、ボランティアなどの手も借りながら片付けしている中で、綺麗になっていく家・集落を見て、2年後には戻ってこれるというこれからの希望になっていたのに、行政はそこを「緑地化」することに決定した。全部更地にする決定がなされ、地域の人々が自暴自棄になってしまったところもある。

また、報道が集中したこともあり、石巻市には食べ物も衣類等の救援物資が集中した。石巻市には震災からの2カ月で100年分のゴミが溜まったと言われている。古着もたくさん送られてきて、廃棄せざるをえないものの申し訳ないという気持ちも処理費用もあるのだ。


◆これからの課題

楜澤さん:
どうやれば参加できるのかということがはやり不明確。

大矢さん:
たとえば、デジハリなどのクリエイティブなみなさんには、そのゴミになってしまう古着を廃棄するのではなくて、それをデザイン・リメイクして販売、販売したお金を地域に還元するなどの支援なども考えて欲しい。

赤城さん:
テレビはこれ以上、悲惨なことを映さないだろう
テレビ局にとって、東電は最大スポンサーだから。
つい先日、山本太郎が7月から予定されていた番組を降板させられた。
その理由は、恐らく原発をめぐる国・東電の対応を、福島県内の子供を持つ親と抗議などを行ってきたからではないかとされている。
利権がからんだメディアでは、これ以上踏み込めないのかもしれない。しかし、その点ではWEBではユースストリームやフェイスブックなどのソーシャルメディアを使って、本当の姿を伝えて行くことができるし、これからそれが必要とされる。



◆メンタルケア


参加者から:
メンタルケアの必要性は謳われているけれど、その専門家はあまり現地に入れていないのが実情だ。
例えば、臨床心理士。臨床心理士は国家資格ではない。
臨床心理士はそれだけではなかなか食べて行くことができない。
彼らは食えないから。
心療内科・臨床心理士と精神科に大きな職場環境の違いなどもあるようだ。
(ここはちょっと専門的知識がないので説明割愛)
もし、彼らが現地に入った場合には継続的なケアが必要となる。しかし、彼らが活動を継続していくためには、今の状況ではお金が臨床心理士におちない。これから心のケアの需要は増すので、臨床心理士を、彼らの職場環境を知って改善した上で送り出す必要性もあるのではないか。

大矢さん:
そういった意味では、現在整体士がマッサージをしてくれている時に、心のケア・リラックスに繋がっている。
お医者さんが来ても、「大丈夫です」と言ってしまう。けれど、マッサージ中に、ぽろりと本音を話す人もいる。
マッサージボランティアに来る人の中には、資格ないひともいるけれど、身体に触ってあげて、ただ話を聞いてあげるだけでも被災者の心はリラックスにつながっている。中には、資格は必要ないので、足湯セットを持ってボランティアに来られる方もいる。


楜澤さん:
お医者さんたちの現地視察に同行した時に、話したくて話したくて堪らない人がたくさんいることも、ケアしなきゃいけないことはお医者さんも分かってはいる。しかし、問題はお医者さんがお医者さんとしてが入ると、そこのお医者さんの仕事を奪ってしまう。だから、医者として現地に入ることができないが、保健所としてなど、違った形で入ることができるのではないかとの話がでている。

大矢さん:
仕事を奪うという点でいうと、炊き出しも収束に向かっている。被災地でもお店や飲食店が再開し始めている。そこで無料でもらえるものがあれば、みんなそちらに行ってしまうので、こうしたお店などにも配慮していかなければならない。




◆世界と日本

デジコンサロンの主催の方から、こうした取り組みもあるということで、高木さんから「ともしびプロジェクト」の紹介があった。

高木さん:

まず、これだけの大災害は日本だけで復興できるのか
世界の絆グラフ

このともしびプロジェクトは、世界中の人々から日本に向けられたメッセージを集めたものだ。現在、60カ国以上、108点の写真を集めたや信州を作った。まず、こうした写真がないかなど、外務省、大使館、海外在住者、海外青年協力隊などに声を掛けた。そして、それだけでなく、世界中のブログなどもチェックして、これだけの写真を集めて、翻訳してこれにまとめた。

このたくさんの写真を見て、日本人は世界に愛されていると思った。これは、各国に行った日本人たちが築いた結果だ。

今も写真は増え、WEBでどんどん更新している。これを可視化していきたい。
これから、まずは紙でこのメッセージを被災地に届けようとしている。



◆ボランティアについて

大矢さん:
ボランティアの心得は、
・何でもやるという気持ち
・自分にしかできないと言うものを持っていく
ということ


参加者:
学生には、ボランティアもいいけどちゃんと勉強してほしい。
これから、7、8、9月に掛けて、世界が日本から分散する方向になっていくだろう。
プレステを作った人**氏が、これからまた大きな産業を起こそうとしている。
今現在、そういうアクションを起こそうとする学生がいない。
大人ができる支援はお金だ。
学生は勉強、これから知恵を出して産業を作るための勉強をしてほしい。


赤城さん:
ボランティアをただの手伝いにするのではなく、そこで目の当たりにしてきたことを、勉強にしていくことが重要じゃないか。


参加者:
東日本大震災の復興ボランティアという面に目が行きがちだが、まだこれが東京など他の地域で起きた場合にはどうすべきか、という点まで含めて考えたボランティアがなされていないのではないのか。ノウハウを活かせるように考えて行く必要があるだろう。
Posted by ほしくみこ
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